Set me free

溶け出したアスファルトが朽ちた街路樹の根を露呈させ、ひどく歩きづらい歩道を、その切実さが老練の道化を思わせさえするであろう、蹌踉とした足取りで進んだ。意識の統制を離れた挙動は散漫な上に、粘つく靴底は歩を進めるたびに重みを増し、道程は遅々として捗らなかった。視界にない太陽を乱立するビルが照り返し、光源を複数にする。通りの向こう、ペットショップの店先に、籠に捕えられた色とりどりの鳥が見えた。どの鳥も出来うる限り羽を広げ、飛び回り、けたたましい鳴き声をあげている。その声は、故郷を懐かしみ悲嘆にくれているようにも、緩慢な生を謳歌しているようにも思え、僕は一瞬、ここが南国であるかと錯覚した。あるいは本当に南国なのかもしれない。僕は気だるい熱気に冒されていた。首筋から噴き出した汗が、肩を通って背中を流れるのを感じた。
絶え絶えに息を吐きながら、やっとの事で辿り着いたそこは王国であった。合成樹脂と機械音が装飾する潤んだ瞳を求めて、伏し目がちな男の子が、波間を漂う海草のように揺らめいていた。意志を交換し合う彼らと「彼女たち」は、鈍い輝きを放つ線で繋がれていた。線は緩やかに垂れ下がり、緩やかに彼らを束縛する。彼らは、自由を手にして喜んでいるようだったが、それは見せかけに過ぎなかった。その光景に、僕は少しばかりの安らぎを感じた。が、長くは続かなかった。というよりも、正確には、長くは「続けなかった」。そのような自分でありたくなかった。僕の目的は遥か高みにあるのだから…。僕はそそくさと新作DVDコーナーへ向かい、スクールランブルDVD(5)を手に取った。そして、そのままレジに向かおうとした。しかし、「彼女たち」は僕のちょっとした隙をも見逃さなかった。一斉に手を伸ばし、僕の体のあちこちを強く掴んだ。いやしかし……早く帰らないとママや妹が帰ってきちゃって見れないし……けどちょっと視聴するぐらいなら……葛藤に葛藤を重ね、妥協に身を委ねかけたその瞬間、手元の無表情な少女と目が合った。凛然とした目鼻立ち…麗しい…そうだ、僕が本当に必要とするものは何なのか。大局を見誤ってはならない(と長瀬楓も言っていた)。僕は、全力で「彼女たち」の手を振り払い、レジに向かって数枚の紙幣を投げ付けた。
「ポイントは、使ってください」