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くそったれの幻影に頬を撫でられて、僕はとっても楽しい毎日を送る。いつだって一人じゃない、ほら。両目を覆う眼帯がわずかに漏れ入る色彩を除くすべてを遮断し、愛や死や毎日の食事、またそれらそれぞれに付随する絶望といった諸々を捏造してくれる。僕は文字を読んだ/読まなかった。音を聞いた/聞かなかった。窓ガラスに沿って流れ去る景色を眺めやった/膝の上にあるスクールバッグを見つめた。キラキラと輝く金属片だけで繋がれた関係は、はみ出した塗りやその剥げ、あるいは華奢な体にちょこんと乗った小さな顔、零れ落ちそうな大きな目、変わらぬ光景を力強く描き出している。ホント変な笑い方だよな〜(または)変な口癖だよな〜。そこがとても愛らしいんだけど。あの時と全く同じ、昨日ならモニターの向こう側で今日なら塩化ビニル樹脂の向こう側、に。
僕とて死んだ真鰈の目みたいな逐電にすべてを投げ打ちたいわけではない。ただ、そうするしかなかった。そのように振る舞う事が正しいと信じざるをえないほどに僕にとって人間の重さは、例え僕一人分だけにせよ、背負うには重すぎる。つまりずっと続いていた微弱な振動は不規則になり、目的地が近づいてきたことを伝えられた僕の鼓動は僕の意志を離れて早めさせられ、可能性についての逡巡について逡巡し……
と、突然。
僕の頭上40cmの所で空間が捩れ裂けた。そこから水飴のように半透明ででろりとした閃光が流れ出し、同時に五面体プリズム型の衝撃が僕を襲った。それらはすべて一瞬の出来事で、少女だった。陰鬱とした車内にまるで似つかわしくない、パステルピンクのワンピース(っぽい?)衣服に身を包んだ小柄な少女が流れ落ちてきたのだ。僕に向かって。時速8kmぐらいのスピードで。
「いててて・・・もう、どこよここ。サーラの時空転移装置ったらいっつもいいかげんなんだから。」
少女は僕をクッション代わりに踏み潰した上で呟いた。僕はこの事態の概要を全くつかめず、あと単純に上に人が乗っててってのもあるけど、動く事ができなかった。
長い長い数秒が経過して、後、
「って、わわわわ〜、ごめんなさいっ。」
僕の顔面にまたがっていることにやっと気付いたのか、少女は僕に向かって謝りながら、顔を真っ赤にしながら、片手で栗色のショートヘアを整えながら、もう片手でスカートの裾をのばしながら立ち上がった。妙な焦燥に駆られた思考回路が、座席の持ち手と吊り革の差し引きを利用してその少女の小柄さをより正確に把握させた。多分、身長にして145cmぐらい?
「ところで・・・・今って西暦何年ですか??」
そんな思惟じゃなく、財布じゃなく、携帯じゃなく、煙草じゃなく、ライターじゃなく、定期券だ。はい。引き換えに鉄棒が勢いよく蛇腹に折り畳まれ、僕は枠どられた視点を与えられる。
頑迷を突き破るピンク色は。桜だった。僕はそのきらめきに息を呑み、吸い、吐いた。抜け出ないように。黒縁の隙間から覗く桜は既に散り終えはじめているようで、限界まで咲き誇る花弁に交じって若葉を芽吹かせていた。僕は胸元を掴み、目を伏せタラップを降りはじめた。一段、二段、三段、くにゃぱり。革越しに伝わってきたくにゃっとした、そしてぱりっとした感触に目を這わすと、あたり一面にはガーリックチップのように黄茶色に変色し乾いた落ち花が敷き詰められていた。それらすべてが僕の思念の成れの果てのような気がしてやるせなくなって、一刻も早くその場を走り去りたい衝動に駆られた。けど、そんなのきっと気持ち悪い。だから少し大股で、なるべく一枚でも多くの思念を踏み潰さないようにと細心の注意を払いながら歩き出した。こんなのきっと気持ち悪い。続く言葉は

  1. 僕はきっとビョーキなんだ(笑)
  2. ≒僕は選ばれた人間なんだ(笑)
  3. 悪業に浸るから(堕落し)セカイを辛いものに感じるのではなく、悪業に浸らないとやり過ごせないほどにセカイは辛いものなんだと思う(笑)
  4. この悲しく、切なく、儚く、薄汚いセカイ(笑)

どこからか「閉塞感、なんてのはいつだって若者の傍らにあるんだよ」という声が聞こえてきた。僕はただ耳を塞いだ。