Another Time(You’ll see my face)

えーっと、そう、確かレジャーシートを引っ張ってる時だった。一時間おきにあるプール点検の最中で、監視員さんが誰もいない水面にゆったりと浮かんでるのを眺めながら背中を日差しに照らされているのは心地よかったけど、日焼けしちゃうのは嫌だなって思ったから、ホットドックなんかを売ってるお店の脇にある木陰に移動しようとしてたの。そしたらリクルートスーツを着たtsujino君が立っているのに気付いたんだ。私、こんな所で出会えるなんて思ってもみなかったから嬉しくて、手をさっきまでの思い出と一緒に大きく振って、お〜いって呼んだの。居酒屋の前に吐き捨てられたゲロにたかる蝿なんて見つめてないでこっちこっち〜、って。
ねぇ、なんで素敵なラブ・ソングを聴いて俯いているのか、教えて欲しい。
一人で泳ぐ、なんて本当はそんなことしないでもよかったんだ。だって手を引いてもらいながら練習してるだけでも、今日が私にとって素敵な一日になるのは間違いなかったもの。でも、それで、しかも、さらに、もしも一人で泳げるようになったら、今日は人生で最高ってぐらい本当の本当にスペシャルな一日になるじゃない? そう思えたから。
ねぇ、なんで素敵なラブ・ソングを聴いて俯いているのか、教えて欲しい。
tsujino君は私の申し出に驚いた様子だったけど、ちょっと考えてから頷いて、じゃあ25mあたりの所に立っててみるねって言った。一旦距離をとるのは離れる為じゃなくて後でまた近づく為だから、水中だってことを忘れてスキップしちゃいそうに私の足取りは軽かった。それなのに、しばらくしてこれぐらいかなって場所で振り返ると急に不安になった。25mの距離は、実際に目にしたら思ってたより全然長かった。やめておけばよかったかな、なんて少し後悔もした。そんな私にお構いなしで、tsujino君は右手を挙げて合図した。それを見て、ああ、そうね、その仕草は小さかったけど力強くて、ああ、そう、そうだった、私がどうなろうともtsujino君は絶対に助けてくれるもの。じゃなかったら絶対に頷きなんてしなかったもの。そう信じられたから色々な消極的な気持ちを消し去れて、よし、うん、頑張ろう。私は力いっぱい足元を蹴った。
ねぇ、なんで素敵なラブ・ソングを聴いて俯いているのか、教えて欲しい。
気付いたら私はtsujino君に支えられてた。最後まで泳ぎきれなかったことに気付いて、残念な気持ちと申し訳ない気持ちを感じた。それから嬉しい気持ちになった。やっぱりtsujino君は私を助けてくれたし、それに、ね? 私は今きっと25m泳げたんだよ。私が15mでtsujino君が10m、これでほら、25mなんだよ。って、恥ずかしいから口に出しはしなかったけど。帰ってから八雲に「お姉ちゃんは今日25mも泳げたんだよ〜」って自慢しよう、と私は思った。
ねぇ、私は際限なく優しさをあげる。